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大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)29号 決定

抗告人 江田忠男(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は、「原審判は之を取消す。原審に変る再審判を求める。(イ)即時支払分五万五、〇〇〇円(ロ)昭和四〇年一二月以降毎月一万円」との裁判を求め、その理由として別紙即時抗告理由書のとおり主張した。これに

対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

抗告人は、抗告人とその妻の江田典子が別居生活をするに至つた事情をるる説明し、別居原因の大部分が妻典子の責に帰すべき事由によつて生じたものであるから、同人が抗告人に対して婚姻費用の分担を請求するのは不当であると主張する。しかしながら、別居中の夫婦間の婚姻費用の分担は、別居によつて二個(又はそれ以上)に分れた家庭の経費の合計額を、同居中の夫婦の家庭経費を夫婦間で分担する場合と同様の率で、夫と妻との間に分割して負担させようとするものであるから、法律上の夫婦関係が存続している限り夫婦で負担すべき家庭経費に関し、その支出少く分担すべき額の多い夫婦の一方からその支出多く分担すべき額の少い他方に対してその支出と分担すべき額の差額を支給せしむべきものであつて、別居原因が夫婦のうちのいずれの側の責任に帰すべき事由によつて生じたかの如きは、右費用の支給を受くべき側が故なく同居を拒む等の行為によつて費用の支給を受くべき権利を喪失又は放棄したと認められる場合等は別として、原則として、右支給を受ける権利又は右支給をなすべき義務の存否及び数額に影響を及ぼすものではない。本件の場合、原審における抗告人及びその妻典子の各審尋の結果によれば、抗告人が妻典子との同居生活に堪え兼ねて家庭を飛出し以来同女と別居生活を続けている原因については、同女に責めるべき点が多々あるかも知れないが、抗告人自身の責に帰すべき事由によつて生じたものも多分にあり、また、抗告人が同居を熱望しているにかかわらず同女が一方的に同居を拒んでいるのではなく、双方互に同居し難い幾多の事情があつて別居を続けているのであることを認めることができる。したがつて、抗告人の妻典子は前記のような婚姻費用の支給を受ける権利を放棄したことがないことはいうまでもなく、同女には右権利を喪失する理由もないわけである。それ故に、このような婚姻生活費用の支出少く収入の多い抗告人は、その支出多く収入の少い妻典子に対して、その差額を支給すべき義務があるといわねばならない。この点に関する抗告人の主張は理由がない。夫婦が分担すべき婚姻費用の範囲及び各自が分担すべき数額は、各支出の性質数額、各自の資産収入地位その他諸般の事情を比較綜合考慮して定むべきものであるが、本件の場合、記録によつて認められる右のような諸般の事情により、抗告人夫婦が分担すべき婚姻費用の範囲及び各自の分担すべき額を判断すれば、原決定の認定した抗告人から妻典子に支給すべき婚姻費用の数額は相当であることを知ることができる。即ち、抗告人の給料その他の収入は昭和四〇年の一月乃至四月及び同年七月は一ヵ月金二万二、八三八円乃至金二万七、八八九円で、そのうちから一ヵ月金一万六、〇〇〇円宛を妻子の生活費に支給するときは、残額では抗告人自身の生活を妻子の生活と同程度に維持し難いことになり一見すれば右分担割合の決定は不当なもののように見えるが、同年一月から同年一一月までの間には五月のように多額の収入のあつた月があつたほか、八月の賞与金七万四、五六七円の収入もあつたのであるから、このような例外的な多額の収入を考慮すれば、昭和四〇年一月から同年一一月までの間の過去の婚姻費用に関して抗告人が妻典子に支給すべき額を平均一ヵ月金一万六、〇〇〇円と定めた原決定は、必ずしも不当に多額な支給額を定めたものということはできない。また、将来における婚姻費用分担額についても、物価が上昇を続け、抗告人の給料収入も次第に増加する傾向にある点を考慮すれば、原審判の定めた額は必ずしもこれを不当に高額であるということはできない

抗告人は、「抗告人の過去の収入は既に費消されて抗告人の手許に残つていないから、その分について抗告人に対し原審判のように多額の支給を命ずるのは不当である。」と主張する。しかしながら、記録によつて認められる抗告人の収入支出に徴すれば、抗告人に対して同人の今後の収入の中から原審判の定めた過去の婚姻費用の分担額を支払わせても、抗告人の経済生活程度が著しく低下し妻典子及びその同居家族の生活程度と比較して不釣合な位により劣悪なものとなるとは認め難い。そうすれば、原審判は過去の婚姻費用に関しても抗告人に対しその本来負担すべき額を負担せしめたに過ぎないのであつて、これを不能を強いるもの又は公平を欠くものと非難するのは相当でない。結局抗告人の右主張は手許不如意の抗弁に過ぎないこととなり、抗告人が過去の婚姻費用の分担を一部又は全部免れるべき理由にはならない。

そのほか、記録を精査しても原審判にはこれを取消すべき違法はない。

よつて、原審判は相当であつて、これを非難する本件抗告は失当としてこれを棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 長瀬清澄 裁判官 安井章)

抗告理由〈省略〉

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